0714 打楽器は視力障害者との接点になるか




 洗足学園の打楽器コンサートを聴いてから私は「聴覚障害者、特に人工内耳装用者と打楽器の関係」にこだわっています。
 ニュース欄で触れた日本フイル室内合奏団「うずしおカルテット」のタンバリンとカスタネットのデリケートな演奏音は火に油を注いだようなものでした。

 連休の土曜日、私はもう一度銀座のヤマハに行きました。タンバリンやカスタネットに始めて手を触れてみました。この他にもこれまでは玩具の一部としか見ていなかった様々な楽器が一様に「パーカッション」という枠組みの中で大切な位置を占めていることを知りました。

 音痴の私が「これは欲しいな」と足を止めたのは[デジタルパーカッション]という道具です。どんな形かはインターネットで検索できますから御覧になって下さい。
 3万8千円の方は敬遠して1万8千円の方に目を向けました。スピーカーが一つ、小さな太鼓が四つ組み込まれていて掌でも叩けるし、附属のバチで叩くこともできます。
 100種類もの曲とリズムが組み込まれています。例えばボレロと指定するとスピーカーからボレロのリズムが流れると共に太鼓の周りのランプが点滅します。
 その灯りの通りに叩けば自然にバチさばきが体で覚えられるという仕掛けです。正に最近のデジタル技術の粋のような道具でした。これはその内買わないと…

 ヤマハの一階フロアはCDとDVDで埋め尽くされています。パーカッションのCDが少ないのが残念。そして、大収穫はソロを始めとして室内楽、フルオーケストラの演奏のDVDのストックが大量にあることを知ったことです。

 我々難聴者はどうしても音だけで演奏を楽しむのは苦しい。どうしても半ばを目とか他の機関に助けて貰う必要があります。
 世はビデオテープからビデオディスクへと移っています。ディスクもメーカー同士の規格の闘いで、どこへ落ち着くのか先を見越さないとうっかりプレーヤーは買えません。
 せいぜい映画のリバイバルくらいかと斜めに見ていたのですが、オーケストラのデイスクがこんなに沢山出ているのなら迷っていても仕様がないところがありますね。
デジタルパーカッションの次にはDVDプレーヤーの予算を立てなきゃ。

 ヤマハを出て地下鉄の駅に潜り込もうとしたときフト教文館の看板が目に入りました。ここはキリスト教関係の書籍が主力であって私如きには縁のない書店です。20年前くらいに一度入った覚えがあります。
 でも、なんとなく気になって、看板がオイデオイデをしているような気がしたのでツイは入ってみました。ありました。

 ここで私を呼び寄せたのは「息を聴け」という一冊でした。熊本盲学校に8人編成の打楽器アンサンブルをゼロから育て上げ、4年かけて全日本アンサンブルコンテスト「大学の部」で金賞に輝くまでの記録です。

 目が見えないのだから楽譜が読めない。「スティックは下から1/3くらいの所を握るんだよ」と言っても感じがつかめない。太鼓はよいとしてもマリンバやビブラホンなどは細い板が僅かの隙間を介してビッシリ並んでいるので叩き違えるのが当たり前。音だけが頼りの指導で、止むなく「息を聴け」ということになる。
 こうしたメンバーを相手に一つ一つ音を教え込んで健聴者相手に優勝をもぎ取った指導者冨田篤氏の努力と才能はは並大抵のものではありません。それに耐え抜いた生徒たちは勿論素晴らしい!
 私は飛んで帰ってこの一冊を読み切りました。皆さんにもお勧めしたい。

 難聴者団体に席を置くようになってしみじみ感じるのは、誰しも難聴の程度に応じて群れたがることです。無理もないことです。コミュニケーションの手段が同じ者同士がどうしたってつきあいは楽ですから。

 中途失聴者と生まれつきの「ろう者」との間に越えがたい壁があります。健聴者に聞かせると一様に驚くことですが、この両者が使う手話は別物なのです。対等の会話が成り立たないのです。
 ろう者の手話は圧倒的に語彙が豊かで複雑微妙です。だからろう者は中途失聴者を見下げます。「アイツ等は障害者だが俺達は違うんだ」と。これは私のひがみではありません[現代思想 総特集ろう文化]にはっきり書いてあります。

 聴力障害者同士にしてこうですから、視力障害者との間の交流も易しくはありません。しかし、今日の「息を聴け」で私は一つの希望を持ちました。パーカッションが両者を結ぶ一つの接点になり得るのではないか…と。
 パイオニア身体で聴こう音楽会→洗足学園音楽大学付属打楽器研究所→日本フイル室内合奏団「うずしおカルテット」→熊本盲学校アンサンブル…キューピッドの矢は次はどの方向に飛んでいくのでしょうか?

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