0704 AISの代品を作ること



 私が人工内耳を初めて見たのはオーストラリアのコクレア社が開発したN22型でした。見たことのない方に対する説明になりますが、耳の横を切開して電極と受信機を埋め込みます。受信機と向かい合わせの位置にある皮膚の上に送信用のコイルを当てます。コイルの線は耳掛けマイクの線と一緒になって箱形補聴器のような形をしたスピーチプロセッサー(略してSP)に導かれます。

 体内に埋め込まれた受信機が必要とする電力はアンテナを介して磁気の形で供給されます。これは能率は良くないのですが他に方法がありません。電力の能率が悪いとは言葉を換えれば電気を沢山食うと言うことです。この電池はスピーチプロセッサー(SP)の中にあります。補聴器と違って消耗が激しくて始終新しい物を補充しなくてはなりません。人工内耳とは埋め込めばそれでオシマイというわけには行かなくて、維持するのに大変お金がかかる装置です。

  さて、話を交わすだけ、言わば基礎編だけで良いのなら装置はこれで全部です。が、テレビやテープやCDの音を聞きたいとか外部マイクを使いたいとか磁気ループの音を聞きたいとか応用編に進みたくなると別の仕掛けが必要です。これをAIS(オーディオ・インプット・セレクター)と呼んででいます。 

 AISは掌に簡単に握りしめられるくらいの形と大きさをした、見たところさもない仕掛けですが値段が11万円もしました。故障するとオーストラリアまで送らねばならず、その都度少なくとも1万円がいりようでした。唯でさえも電池代が嵩むのに些細な修理の度に1万円を支払うのは辛い話で、N22をつけていてもAISを持っている人は少数派のようでした。

 N22がモデルチェンジになってN24になったとき、N22用のAISは製造中止になってしまいました。なんたることかサービスが悪い、とメーカーを非難するのは簡単です。11万円はボリ過ぎだと責めるのも簡単です。でも、作り手にしてみるとそうも行かないのです。そのことを私は今回思い知りました。

 

 人工内耳友の会の世話役の一人にYさんという方がおられまして、製造中止になったAISの代わりの品が作れないかと相談に見えました。話を伺って「 なんとかしなくてはなるまい」と思いました。でも、SPやAISの配線図があるわけではなし、分解して中を見せて貰うこともできない。「2〜3日貸して下さい」と言えば忽ちYさんが困ります。

  それで「まァ、こんな感じだな」というものを作りました。オリジナルと殆ど同じ働きをします。X1号と名付けました。実用上はこれでOKなのですが作り手としては何か面白くない。イミテーションを作ったようで気持ちがすっきりしません。それでX2号を作りました。これはオリジナルよりもマイクの感度が高くなっています。ただ、かなり贅沢な部品を使ったので目方が重いのと結構なコストになりました。それでコストを安くし、目方も軽くしたX3号を作ってみました。

 こう書けば如何にもスイスイと仕事がはかどったように見えますが、これで良いのか悪いのか私の耳では判断がつかないのです。いちいちYさんに来て頂いて、二人でアアでもないコウでもないとイジリ回して「じゃ、これで良いんですね?OKですね?」と駄目押しをする必要がありました。 

 これで済めば「メデタシ」だけれどそうは行かないのですね。自宅に持ち帰られて改めていじってみると何かしら不満が出るのが常であります。「貴方の所ではこれで良いと思ったけど、ここのところをこうして…」と来るのですね。必ず。一度の例外もなく。

  その内何が何だか判らなくなってしまって半年ほど放っておきました。良く言えば冷却期間をおいたことになるし、手短かに言えば疲れて嫌になったのです。そうは言っても何時までも放っておけるものではなし、人工内耳の会の全国大会が近づいてきました。またまたYさんがやってきてハッパをかけます。そのとき止せばよいのに手に入れたばかりの新しいマイクを見せたのが運の尽き。彼の目がピカピカと明滅します。「それでもう一つ新しいタイプが作れない?」「こりゃ失敗した」と気がついたときはもう遅いのです。とうとうX4号を作らされました。 
 私は四種の試作品を持って盛岡に行きました。結局皆さんが選んで下さったのはX2号でした。コストの点では辛いけれど「これが良い」と言われる物に決めざるを得ません。新型マイクを使ったX4号は「雑音が酷くて駄目」と散々でした。私のテスト装置ではそんな雑音は出ません。しかし、SPに繋ぐと出る。人工内耳を使っている人に聞いて貰うと出る。弱りますね、こういのは。

 帰ってからムキになってこの問題と取り組んでとうとうX5号として答えを出しました。本命は勿論X2号で、X5は今後当分熟成させてから世に問うつもりです。

   さて、私は何を言いたいのか? 率直に言って始めてAISを見たときの感想は「ヘェ、これが11万もするの?」でした。2年間苦しんだ今では無言で苦笑いするほかありません。同じ物欲しいと言われて私はどんな値段をつけられると言うのでしょう。
 物作りとはこういうことです。出来上がったものをどんなに丁寧に観察しても他人には私の汗と涙のコストを測り知ることはできないのですから。

   出来た物に私は新AIS→NewAIS→NAIS=ナイスという名前をつけました。ところがこの名前は既に某メーカーが商標として登録済みでした。困っていた私にYさんが助け船を出してくれました。AISU=アイス=愛すではどうかと。さすがです。でも、N22は既に旧型になっています。旧型を使っている人で新たにAISUを求めて下さる人が果たして何人いるでしょうか?

 物作りとはこういうことなのです。承知の上でこんなことをしている私を皆さんはなんと評してくれますか? アホですか?

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