0612 ろう者とのつきあいを考える




 東京都中途失聴者・難聴者協会の役員を引き受けて1年近くなります。難聴の程度が違う人同士の交流が如何に難しいか痛感しています。
 第一「ろう」の人たちと「中途失聴者」との交流が成り立ちません。役員同士の連絡は実に密なるものがあるのですが一般会員同士のつきあいがない。これはお互いが使う手話が違うことが大きく関係しています。

 ろう者が使う手話は誠に緻密・複雑・超高速です。彼等に言わせると中途失聴者が使う手話なんか幼稚で、まだるっこくて、対等に話なんかできない…と。
 森脇さんから「ろう文化」に関する分厚い資料を2冊借りて目を通しましたが「ろう」の人たちは中途失聴者は身体障害者だが自分たちはそうではないと確信を持っているというところが実に「目にウロコ」でした。なるほどそうだったのか。

 3月3日はグラハム・ベルの誕生日なので「みみの日」としています。東京三田にある身体障害者福祉会館で毎年「ろう」の皆さんのお祭りがあって、都内に幾つかある難聴者団体から応援に出ます。
 こちらは手助けのつもりなのに彼等にすると邪魔になるところもあるらしい。我々からすればまるきり聞こえないことを「大変だな」とつい同情の念を持ちたくなる。これが彼等にとっては余計であり腹立たしいことらしいのです。
 生まれたときから全く聞こえなければ、それは彼等にとっては不便でもなければ不幸でもない。彼等の世界だけで完結する「ろう文化」が既に確立しているのです。

 ここで「しかし」となるのですが、それはマイノリテイ(少数派)だけの世界であって、マジョリティ(多数派)しかも圧倒的多数である健聴者(普通に耳が聞こえている人)とのつきあいが成り立たないのではないか…と。
 実はこれば多数派の論理であって、遠い昔からろう教育に携わる人を悩ませてきた問題でした。

 このホームページは読者を選んでスタートしました。補聴器の助けを借りれば音なり会話なりが聞きとれること、ある程度の電子工作の心得があること、この二つです。自作派のためのコーナーでした。
 だから「ろう」の人たちは対象外でした。折角作った物を自分の耳で確かめることができないのですから。

 それが難聴者団体の役員としてつきあいの範囲が広くなると次第に考えが変わってきます。特にこの28日には東京都で企画している月例のコミュニケーション講座があって、これまで曖昧だったトータルコミュニケーションの意味についてしつかりした講義を受けて一段と方向が見通せてきました。

 演題は「聴覚障害者(児)の教育と言語権」、講師は社団法人東京都聴覚障害者連盟で事務局長をしていらっしゃる越智大輔氏でした。
 トータルコミュニケーションとはお互いの意思を交わすのにあらゆる手口を総動員することですが今のところ視覚が主です。
 手話も要約筆記も視覚に頼りますが、この他にも視覚を使える道が探せばどこかにある筈だと言われてハッとしました。ナルホド。我々のホームページの進むべき道の一つがここにもある…と。

 越智さんからは更にろう者における「母語」の意味を教わりました。母語とは辞書には@ある言葉の基礎になる言葉、例えばフランス語・スペイン語・イタリア語等に対するラテン語など
A生まれつき誰から教わるともなく身についた言葉、特に母からの影響が大きい。とあります。
 生まれつき聞こえない子にとっては[実に]手話が母語に当たります。

 その証拠として、ろう学校で両親が手話を交わしている様子を見て育った子は揃って成績が良いという統計があるそうです。物心ついて「知識として教え込まれた」手話と「教わることなく自然に身についた」手話では学校に入ってからの学習能力に越えられないギャップが生まれる。これは且つてデンマークにおける例を紹介しましたが同じことをさらに 念入りに話されました。

 越智さんは小学校入学寸前に耳が聞こえなくなって、ろう学校からスタートしています。この母語として手話を身につけて学校に入った子が手話を禁じられて口話を強制される苦しみを身近に見て育ちました。
 越智さんのお話しは実に奥が深い。続けて内容を紹介していくことにします。

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