0607 脳をダマスこと



 滅多に見ない筈のテレビで新たな発見がありましたので記事にしてみます。途中から見たので番組の題名は書けませんが、主役は山田規畝子(ヤマダ・キクコ)氏と著書「壊れた脳・生存する知」講談社、栗本慎一郎氏と著書「脳梗塞になったらあなたはどうする」たちばな出版、V.S.ラマチャンドラン氏と著書「脳のなかの幽霊」角川書店の三人と三冊です。

 山田氏は東京女子医大出身の整形外科の医師です。在学中に一過性虚血発作と脳出血を体験しました。34才で脳出血と脳梗塞を併発、高次脳機能障害となりました。37才で三度目の脳出血に見舞われました。普通の人ならとっくの昔に死んでいます。死なないまでも廃人同様になっているでしょう。それが医師としての素養と父も義兄も医師である環境に支えられて立派に生き抜いている姿は驚異と言うしかありません。
  やはり医師である夫とは既に離婚し、坊やと二人で暮らしています。二度目の脳出血のとき坊やは三歳でした。三歳の坊やが救急車で運ばれる母に付き添い、手術が済むまで冬の夜の病院の廊下で一人で待っている姿を想像するだけで涙が滲みます。
 

 この坊やに支えられて山田さんには「何が何でも生きよう。病気から絶対に快復して見せよう」という強烈な意志が芽生えます。そして麻痺している脳を冷静に観察し続ける別の脳があります。著書の題名はここから来ているのです。
 
 近年これほど感動させられた本はありません。私が当人で四度もこんな目にあったら間違いなく100%潰れていたでしょう。四度目までも絶対に持ちこたえられなかったに決まっています。私の母は血圧が高くて軽い梗塞を経験していたフシがあります。癌で死んだ長兄は途中で脳幹梗塞にやられています。弟は急性白血病で入院しましたが睡眠中に脳出血を起こして為すところなく死にました。脳外科の専門医がいてくれさえすれば…とつくづく思います。その意味でこの本は脳梗塞なり脳出血なりに襲われたらどうするか、どう立ち向かうべきかの絶好の参考書ということができます。
 

 この本が書かれたとき坊やは10歳。彼はお小遣いを貯めてママに「ドンキーコンガ」をプレゼントしてくれたそうです。「お母ちゃんのリハビリになるからやってね」と。人工内耳にドンキーコンガはどうだろうと書いたばかりなので私にして見れば唯の偶然とは思えないのです。

 栗本慎一郎氏は大学教授で国会議員でもありました。「パンツをはいたサル」など沢山の著書があるので私から紹介するまでもない有名な方です。この人が脳梗塞にやられて左半身不随になりました。リハビリ中にラマチャンドラン氏の「脳のなかの幽霊」を読んで悟るところがありました。
  ラマチャンドラン氏はインドの人ですが脳の専門家でアメリカ・カリフォルニア大学サンディエゴ校の脳認知センターの所長をしておられます。最近脳の働きに関する本が数多く出回っていますが、とかく専門家が書く本は肝腎の所が素人に伝わりにくい。読んでいるときは判ったつもりでも2〜3日立つと全然判っていないのに気がつくことが多いのです。こちらは訳名がSFめいて問題ですが親切で良く記憶に残る書き方をしてくれています。せめて図書館で借りだして一度は読んでみて下さい。

 栗本氏はこの本にヒントを得て段ボールで箱を作りました。手前に両腕が通る孔が二つ空いています。真ん中に鏡を立ててあります。上から覗きながら鏡の角度を調節すると左手は見えず、右手の動きが鏡に映って両手が動いているかのように見えます。
 
 さて、栗本氏の左手は麻痺状態にあって介護士の助けを借りれば指を結んだり開いたりはできますが自分の意思だけでは全然動きません。そこで両手をこの手製のボール箱の孔から差し込みます。右手の動きは目で直接見える。左手は(介護士の助けを借りて動かすのだけれど)直接は見ないようにして、実際は鏡に映る右手の動きを見つめます。

 これで右手は自分の意志で、左手は介護を借りて一緒に「結んで開いて」をやると脳には鏡に写る右手は左であるかのように感じられるのです。これを繰り返している内に脳がダマサレルのです。「なんだ左もチャンと動くじゃないか」。それで脳から左手へ「動け」という信号を送り始めます。これを毎日繰り返している内に左手は自分の意思で動かせるようになるのです。

 なんともウマイ話で「ホントかい?」と眉に唾をつけたくなる思いがしますが事実なのです。その証拠に栗本氏は左手が動くようになりました。自らの考案による箱を「栗本式鏡箱」と名付けて自作が面倒くさい人には分けても下さる。何やら我々のホームページみたいなこともしていらっしゃいます。
 

 ここで面白いのは「脳をダマス」という言い方です。言葉は悪いけど如何にもユーモラスで笑えるではありませんか。脳は体の中で一番エライ。体は何でも脳の命令で動いている筈なのに、それを一丁ダマシテやろうというのが実にいい。脳と聴覚にポイントを置いて書かれた本を見ることがありませんが、残像を使って脳を刺激する手口があるくらいですから聴覚に利用できないわけはないと私は思っています。
 

 私は耳鼻咽喉科医と言っても難聴のことを知っている医師はいくらもいないのだということを知って愕然とし、このホームページで書いてもいます。医師を軽んじる気持ちは毛頭ありません。露ほどもありません。ただし事実は正確に知って自らを誤らぬようにしたい。それだけはしっかり言っておきたいのです。
 

 栗本氏の本で肝がでんぐりかえるほど驚いたのは脳卒中に関して「急性期の治療が万全な病院は東京圏には一つもない」と言い切っていることです。かなりしっかりしているところで四つだと。東大病院などは番外なのですね。これには驚きました。
  山田さんの場合は咄嗟の場合だろうが夜間だろうが至近距離に頭蓋骨を開いて血の塊を取り出してくれる医師がおりました。時間も間に合った。だからこそ今日の山田さんの生ける姿があります。私だったら絶対にNoだろうと言い切れるのはここのところにもあります。どこにどういう専門医がいるか、万が一の時はどうすべきか積極的に情報を集め対策を整えておくのは矢張り「自己責任」である…と。私はそう考えています。

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