0603 骨伝導について不思議に思うこと



 なにごとも流行りがあるようで、近頃骨伝導を利用した製品が次から次へと言う感じで出てきます。補聴器は勿論のこと、NHKの放送博物館で開かれた障害者向けのデジタル技術展でも賑々しく紹介されていました。

  骨伝導は何も目新しい技術ではないのです。戦争中飛行機の騒音の中で話ができるよう咽喉マイクなんかと共に開発された物だった筈で随分古い歴史があるように思います。それが今頃なんでこんなに騒がれるのか一寸不思議な気がします。 

  実は私には骨伝導は全然駄目なんです。長い年月の間に骨伝導用の素子が飛躍的に改良されたのかと思いまして、結構な値段がする専用イアホンを無理して買ってきて色々やってみましたが聞こえないものは聞こえないのです。よく聞こえないのは私の難聴の程度が重いせいで、難聴者でも聞こえる人は重宝してるんだろうと思っていました。

  それが比較的最近のことですが、ある中・軽度難聴者の機関誌の中に新型の骨伝導電話機のテストをしている記事がありました。成績が至って良くないのには驚きました。よく聞こえるという人のパーセンテージが低すぎます。聞こえるけれど意味がよく判らない。我々難聴者がよく使う表現ですが、ここでもそういう言い方でした。やはりそうなのか…と少々悲しくなりました。 

  もう一つ不思議に思うのは、どうやら健聴者諸君は「鼓膜を経由する補聴器では聞こえなくても骨伝導なら聞こえるのが当たり前」と考えておられるらしい。というより信じて疑わないみたいなところがあるようです。

 これまで随分色んな所で試聴する機会がありましたが「聞こえない」というと「そんなはずはない」と言うんですね。思わず笑ってしまいますよ。「筈はないと言ったって聞こえないものはしようがないでしょう」と言うと暫く実にきな臭い疑わしそうな目つきでこちらを見つめます。こっちがからかっていると受け取っているんじゃないでしょうか。

   メーカーの人も放送関係の人も電話会社の人も、おしなべてそういう例が多かった…ということは、骨伝導に関してエンジニアの間に何か強い思いこみ見たいなものがあるような気がします。こう次々と似たようなものが出てくると「作る前にその思いこみを何とかして」と言いたくなるんですが皆さん如何です?

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