0425 般若心経を攻めてみませんか



 0403で「補聴器とは自分の声を聞くもの」を書きました。なんでも好きな文章を声に出して唱えることが耳を鍛え、脳のぼけかかりにストップをかけるものである、と。
 その後色々やってきて、毎日繰り返し唱えるには日本人としては矢張り般若心経あたりがいいな、と思うようになりました。暗記するにしても長からず短かからず、程よい長さなのです。

 もっともクリスチャンとかモスレムの方にお勧めしようとは思いません。同じ仏教でも浄土真宗とか日蓮宗を信じておられる方にも無理ですね。その他の宗派の方なら幅広く般若心経が受け入れられています。

 ただ、私は永いこと般若心経にこだわりを持っていました。原本はサンスクリットなのに日本で唱えられているのは漢訳されたものです。サンスクリットは元より漢字だけのお経は現代人の我々には全然意味が判りません。意味が判らないものを読み繰りかえし唱えることに果たして意味があるのだろうか?

 それで色んな解説書を読んで意味をつかむことに必死になりました。結論として坊さんの解説は教養書としてそれなりに重みと価値があることを認めるとしても腹の底から腑に落ちるものはありませんでした。むしろ理系の方の解釈の方が私にはスッキリわかるのです。
 「わかる」とは、一つは「自分の言葉で完全に言い換えることができる」ことであり、二つめは「内容についてどんな質問を受けても答えられる」ことだそうです。随分勉強したつもりでも、この二つの条件に照らせば私は全然わかってないことになります。

 これがたまたま真言宗最福寺の住職池口恵観師の対談を読んで「ああ、そうなのか」と思い当たりました。
 弘法大師空海は「般若心経秘鍵」の中で「終わりの方に出てくるギャテイギャテイハラギャテイハラソウギャテイボジソワカだけが呪文なのではない。般若心経全文が呪文なのだ。無心に繰り返し繰り返し唱えることに意味がある」と説かれている。だからムキになって内容の理解に努める必要はない。ひたすら般若心経の功徳を信じて「音として」虚空に響かせることが肝要なのだ。池口師はそう語られています。

 そして師は指導を求めて集まる若い人たちに「とにかくできるだけ多く唱えなさい。まず毎朝7回連続読経から始めなさい」と勧めておられるのだそうです。勧めるだけではなく師は毎朝のお勤めで21回詠むことにしておられるそうです。
 ここで私はホウ!と声に出しました。短いと言っても21回唱えるとなると結構な時間がかかります。本当にそんなこと毎朝やっているもんだろうか?禅寺ではせいぜい一回でしょう。

 そこで市販されている池口師のCD(般若心経読経教則、1000円)を求めて聞いてみました。スピードが三段階になっています。最初がどこのお寺でもやっている標準速度というべきもの。次がスピードアップしたもの。最後が池口師が毎朝やっておられる速度です。最後のだけが高速7回連続です。

 これには肝を潰しました。滅茶苦茶に速い。7回分がアッという間です。これなら21回なんてわけはない。嬉しいことに私も毎朝やっていることですからこのスピードに辛くもついて行くことができました。

 禅寺でやる「カンジーザイボーサ ギョウジンハンニャーハーラーミータージ ショウケンゴーウンカイクウドー」というノンビリした読経速度は水上勉氏の「般若心経を読む」によりますと、木魚のポクポクというリズムに合わせてああなっているのだとあります。それからすると真言宗のは木魚なんかお呼びでない100m全力疾走の詠み方です。

 なんでこんな猛スピードで詠む必要があるのか? 要するに真言(=マントラ)とは繰り返し繰り返し数多く唱えることにエネルギーが生まれるのです。例えば若き空海は旅の僧から虚空蔵菩薩の真言を教わりました。これを100万回腹の底から声を出して唱えることでどんな経文でも一読して頭に入るようになる、と。
 カナモジで書けば、たった27文字です。でも、100万回大声でとなるとただごとではありません。空海は洞窟に籠もってそれをやり遂げました。天才にしてこれだけのことをやっています。(ついでに池口師もやられたそうな)

 テレビで忍者が印を結んでよくやるのですっかりポピュラーになった「ノーマクサンマンダー〜」で始まる呪文は不動明王慈救呪というのですが、これもたった35文字。これを意識を一点に集めて、ただただ全身全霊をあげて繰り返し唱えることでパワーを生じるとされています。口先だけの真似事では駄目なのです。

 そうしてみると同じお経でも宗派が違うと解釈が違うし唱え方も違えば御利益もまたそれなりに違うのでしょう。私の家の宗派は曹洞宗ですから、これまで先祖供養の意味で一回でオシマイでした。(不純のようですが)現世での御利益を願うなら数が必要という意味が判るような気がします。
 池口師は「まず毎朝7回からやって御覧」と軽くおっしゃって、その後どうするとまでは言っておられませんが何か私の心に響くものがありました。21回を一年くらい続けると何か変わるものがあるかも知れません。

 読者であるあなたもお暇があるなら一つどうですか。それにはCDのテキストと共にソラとヘッドホンを通じて自分の声を一緒に聞くことで効果は倍増・倍々増する筈と私は考えています。

 

 

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