0420 夜明けの太陽で右脳を鍛える



 11月の末に引っ越しました。有難いのは12階の部屋が東向きで毎朝日の出が拝めることです。
 これまでの3年は北向きの部屋で、僅かに観音様の五重の塔の屋根だけが見える日常でした。ベランダに出ると隣のビルの隙間から太陽が見えることがありましたがこれも時間としては僅かなもので、季節が移るとそれもかないません。今度はベランダに出るとほぼ180°室内でも150°の視野が開けます。

 今時分ですと朝6時は夜明け前、6時半を僅かに過ぎて遠くに見える房総の山並みから太陽が昇り始めます。すっかり夜が明けるまで私の部屋は暁の光に満たされる。何とも贅沢なことです。

 夜明け前は一日中で最も多く地上にエネルギーが満ちる大切な時間だそうです。呼吸法などはこの時間帯にやるのが最高と言われています。私はこのエネルギーを存分に吸いながら腕振り体操2000回を致します。そして陽が昇り始めるとこれを凝視して目の訓練をします。

 巷間に「右脳を鍛える」本とか通信指導とかが溢れていますが、元々は七田真氏から始まったことです。直ぐ後追いする者が出て金儲けの種にする。
 トマティス博士の「モーツアルト療法」も同じです。真似であることが一目瞭然なのに皆自分が考え出したことであるかのように口を拭っているのは本当に情けない。

 それはともかく、七田先生の「右脳鍛錬法」について書かれた物の内でピンときたのは「太陽凝視法」です。
 これは夜明け間もない太陽…しっかり見つめても目が痛くならない程度の明るさの太陽‥をしっかり見つめます。そして目は開いたまま両手の掌で目を覆います。すると一瞬真っ暗になった視野に太陽が残像になって浮かび上がってきます。

 この残像が形も色も様々に多様に変化し、視野の中を縦横無尽に移り歩きます。一度視野から去ったのがまた現れたり、見つめていて飽きることがありません。その気で見つめていれば無限の時間続くかと思われるほど太陽の残像は変幻極まりない姿を見せてくれるのです。

 私は音を脳裏にイメージすることは自由にできますが、画像をアリアリと思い浮かべることが甚だ苦手です。というより殆どできないのです。腹が立つほどボンヤリとしかイメージが浮かんできません。
 野球の偉大なバッターはボックスに立つとこれから打つべきホームランのコースをまざまざと視野に描くことができると言いますが、私には思いもよらないことです。

 それが口惜しくてこの訓練法を始めました。朝日か見える長崎と川崎の生活の間で手応えを感じるところまで行ったのですが、浅草の3年で元の木阿弥になってしまいました。東向きの部屋に恵まれてプレイ再開というわけです。

 年をとると目は霞み、耳は遠くなり、物忘れはひどくなる。これを天の摂理と言う人もいます。年寄りで頭脳の冴えたのは可愛げがない…とか。冗談言われては困る。たとえ足腰が頼りなくなってもボケだけは私は御免です。
 人工内耳の名医が言いました。「人工内耳はどんなに年とっても手術できる。ただし、最後は脳で聞き分けるのだから脳がしっかりしていないと手術の意味がないからお断りすることになる」。
 私も名実共に老人には間違いないのでお仲間にお勧めしたい。「毎朝腕振り体操と太陽凝視法」をやってみませんか?と。朝日が見えるところにお住いならば…という条件つきですが。

 

 

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