0409 73歳にして手話独習に挑戦のこと



  私は手話がまるきりできません。補聴器が使えるので差し当たって必要がないためであることは自分でも判っています。 長崎から川崎に移って横浜市の難聴者協会に入りました。周りがみな手話を使っています。「これは俺もやらなくては駄目かな?」とソッと聞いてみました。そしたら「今からじゃもう遅い。せいぜいハロー・グッドバイが使えるくらい。そんなことに時間を潰すくらいなら我々のための良い機械を作って下さい」。シメタ!じゃ、いいんだな…と完全にさぼっていました。

 それが東京浅草に引っ越して東京都の協会に鞍替えしたら、まるで雰囲気が違います。何やら怖いオバサンにつかまって絞られました。「アンタ、手話できないの?」「イヤア、やる気はあったんですけどね。浜難聴でその年で始めたってもう遅いと言われしてねー」「そんなことないよ。アンタ幾つ?」「72歳です」「それ見なさい。私なんか80過ぎてんのよ。70代で始めて今はペラペラよ。今日から始めなさい。この会じゃ手話を知らなきゃ何の役に立たないわよ」。

 エライことになったと思いました。でも彼女とは顔を合わせる度に「どう?勉強してる?」とハッパかけられるので渋々参考書探しを始めました。山ほどあるテキストの内で私に最も合うのは廣済堂出版の「手話・日本語辞典」と決めて、これをマスターすることに(一応)腹を据えました。ところが思うようには能率が上がりません。覚えたつもりが片端から忘れる。覚えたのより忘れた方が多いのではないかと思うくらい。つくづく年を思い知りましたね。で、一年ほど何となくサボリました。

 ところが、また「ところが」と言いますが、コミュニケーション対策部の部長さんに当分差し支えができて私が代役を仰せつかることになり「勘弁して」と逃げていた理事も逃げ切れなくなりました。そうなると「手話は知らない」では済まされません。どうやってこの忘れたがる脳に活を入れるか。

 私の結論はこうです。新書サイズのテキストには必修単語が951あります。1ページに絵が6コマ入っています。何時も鞄にテキストを入れて持ち歩いては暇なときに取り出していました。これでは生来のナマケモノには駄目である。それで携帯電話の写真機能を活かすことにしました。「今週はこれだけ」と決めた数をパタパタと写真に撮ってみました。 

 新調した携帯電話はカメラの他にGPS(つまり地図とか電車の乗り換え情報)機能・メモ機能・音声メモ機能・英和和英辞書機能・言うまでもなくカレンダーやら計算機やら時計の機能も付いているので鞄の中が飛躍的に軽くなりました。これ一丁ベルトに挟んでおけば素手で大抵のことができます。手話のテキストを持ち歩くのは辛いけれどこれなら常に手元にある。

 電車の中でこれを見る。何度見直しても頭に収まりの悪い単語もある代わりに一発でOKのもあります。「覚えた!」と確信を持てるのは直ぐ消してしまう。チラホラ残ったヤツだけを繰り返し繰り返し攻める。いくら強敵でも波状攻撃にはかないません。この要領でこれまでになく能率が上がっています。

 問題はこの気力が何時まで持ちこたえてくれるか…です。なにしろ「親指シフト方式による高速カナモジ入力」の訓練を始めたばかりなので私にも確たる自信はありません。しかし、背後から怖いオバチャンににらまれていることではあるし、新たに背負った肩書きの手前もあるのでやってみるしかないでしょうね。

 正直の話、ここでアドバルーンを上げてしまうと逃げも隠れもできないので、我と我が身に圧力をかけるつもりで書き込んでみました。

 

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