0401 老人と補聴器



 私は難聴器使用歴が永いし、今や老人と呼ばれる資格も立派にあります。だから「老人と補聴器」というテーマで相談を受けることも屡々あります。家族が言われることは決まっています。年寄りが補聴器を嫌う、どうしたらいい?と。
 これはもう嫌がるのが当たり前なのです。私が十分若い時代に補聴器に馴れるのに何年かかったか。かけたり外したり最早正確には思い出せませんが2年や3年では済まなかったような気がします。最近何かの会報で見かけたところでは13年かかったという人がおりました。よく記録していたものとビックリしましたが、そんな人もおられるのです。だから買ってあげたその日からお年寄りに「さァ、使え」と言ったってそりゃ無理というものですよ。

 何故馴れにくいのかという私の考えはいずれ書きますが、要するに補聴器を通した音は若いときから聞き慣れてきた音の記憶とは随分違うのが一つの理由として考えられます。これは医師とかエライ先生達の御意見とは違うかも知れませんが、この場は何十年も補聴器を使ってきた一人の人間の言うこととして記憶に止めておいてください。
 

 補聴器店に連れて行かれてピーとかブーとか変な音を聞かされて、何がなんだか判らない内に「貴方にはこれが合います」と補聴器を一台持たされて帰ってくる。息子や孫達が期待に溢れる顔で取り囲んで「どう?よく聞こえる?」てなことを言う。
 

 そりゃ昨日まで聞こえなかった耳に補聴器を差し込まれれば大きな音に聞こえるに決まっています。でも周りからワイワイ言われる内に疲れてきて外す。と、彼等はガッカリする。「どうして外すの。そのままつけていなさい」とガヤガヤ。
 「ウルサイ」と癇癪が起きても不思議はありませんよね。はっきり言っときますが、耳が遠くなったお年寄りには何が何でも良い補聴器が必要です。ボケ封じとして必要欠くべからざる物なのです。ですが結果を急いではいけません。急ぐと失敗します。

   一度失敗すると取り返すのに大変な時間がかかりますし、下手すると永久にチャンスを失うかも知れない。「馬を水辺に連れて行くことはできても無理に水を飲ませることはできない」と言うでしょう。ですから私も補聴器
から離れて暫く遠回しな話しをします。
 

 アルツハイマー病で亡くなられたお年寄りの脳を解剖すると普通の人よりは多くのアルミニウムが見つかる、という記事を読んだことがあるでしょう。だから「アルミニウムの薬缶は使うな、鉄瓶にしろ」とまで飛び火したものでした。その後研究が進んでアルツハイマーにも遺伝子とか色々な原因がからんでいるらしいことが判ってきました。
 脳に残存アルミニウムが多いというのは観察の結果で、一つの確かな事実でした。しかしアルミの薬缶とアルツハイマーと直結するとはいくらなんでも考えにくい。ここの因果関係にはもっと別の因子がからんでいると考えるのが普通でしょう。

 ここで波動測定器の話をしましょう。我々の世代は物質の最小の成分は電子であると教わりました。今ではもっと小さいクォークという粒子のことを利口な中学生なら知っています。更に「超ヒモ理論」が生まれました。物質の根元は極微のヒモが震えることによって生ずる波である…と言います。「なんのことやらサッパリわからん」と言われる人が多いでしょうが、多少なりともデンキを囓った人間にとっては大変判りやすい理論です。
 

 これは純粋に物理学の問題ですが、これとは路線が一つ違う別の「波動」という概念があります。もしかしたらどこかで「超ヒモ」理論と会合する可能性がありますが、とにかくこの世に存在するあらゆる物質は個有の振動数を持ち、それを測定することができるとするものです。この測定器をMRA(マグネチック・レゾナンス・アナライザー)と言います。面白い道具で肉体を構成するあらゆる要素が持つ波動をバラバラに、あるいは合成されたものとして測定することができます。私も試したことがあります。
 

 ここまでは何となくわかったつもりでも「愛情とか憎しみと言った感情もまた波動を持つ」と言われるとハタと当惑される人が多いでしょうね。詳しくは江本勝という方の一連の著書を読んで頂くしかありませんが、MRAで測るアルミニウムの波動と「淋しい」という波動が全く同じ、と言われると何やらピンときませんか。薬缶とは関係なく水道水の中に極く微量のアルミニウムは溶けています。毎日の生活が淋しいお年寄りの波動と同調して脳へのアルミニウム蓄積量が増えるのではないかという仮説が成り立ちます。

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