0324 2年で両耳115デシベルから105デシベルにアップした人物の話



 専門医から「一生良くはならない」と宣告されたのが明らかに向上した実例をもう一つ紹介しましょう。本人の承諾があったので名前を明らかにします。

 東京都東久留米市にお住まいの佐藤智之氏(44才)東京都中途失聴者難聴者協会の会員です。生まれつき正常な聴覚を持っていたのに平成14年(39才)突発性難聴に捕まりました。両耳115dBのスケールアウトとのこと。
 型通りの治療とMR内耳道検査を含む精密検査を経て両側急性高度感音性難聴と診断され、原因は不明、回復の見込みは全く無しとの宣告を受けました。3ヶ月後に2級の手帳を受けています。

 私と知り合ったとき彼は両耳にオーチコンの優秀な補聴器をかけていましたが会話の役には全然立っていないように見受けました。一生懸命話しかけてくれるのですが発音も声量も滅茶苦茶で、私だって難聴者だし何を言ってるのか全然判らない。お互い共通の話題を持っていたのでその後は100%筆談で済ませていました。

 その内遠慮なく物が言えるようになって私は聞きました。「そんな役立たずの補聴器をなんで掛けているの?」と。彼は答えます。「どんな音でもいいから何かしら聞こえていないと神経が保たないので」。わかりますね。それから益々彼との筆談が緊密になりました。

 平成17年4月21日のことです。私は港区芝にある東京都障害者福祉会館の廊下で仮称無線対話器のテストをしていしまた。これは一口で言えばソラの思想をベースにしたワイアレスマイクのようなものです。
 たまたま手話教室に通っていた智之氏が私を見つけて寄ってきました。「何してるんですか?私にも試させて下さい」。「いくらなんでも貴方にゃ無理だろう」とは言えません。使わせてみたら「聞こえる!」と言うではありませんか。驚きましたね。ホントカ!と何度も念を押しました。

 嘘ではない証拠にそれから彼と話すこと延々3時間。気がついたらあのギックリシャックリの発音がかなり正常に戻っているし声量も極く普通に穏やかになっています。微かにでも聞こえるということがこれだけ劇的な効果をもたらすものか感動しましたね。

 この試作器は第2次・第3次と改良を加えて彼には貸し続けて2年余になります。イアモールドも作ってあげて彼にとって益々使い勝手はよくなりました。
 補聴器では満足に話しができないのに仮称無線対話器なら可能になる。その理由は何でしょう? 私は彼を自宅に呼んで正弦波の信号を聞かせて試してみました。彼は辛うじて5000ヘルツが聞こえるのです。0323でも書きましたが4000〜5000ヘルツとは無声子音があるあたりです。このへんが聞こえてくれるとギリギリながら相手の言葉が聞き取れる。それ以上に自分の発音が聞こえるから話し方も変わってきます。

 彼は感音性難聴です。聞こえると言ったところで、たかが知れています。冷たい言い方をすると思われるかも知れませんが私の片耳は感音性の120dBですからね、補聴器が全然役に立たないことは誰よりも私が知っています。
 幸いにして残る片耳が混合性であるが故に智之氏よりは圧倒的に恵まれています。しかし、両耳とも感音性であったら藁をもつかむ気持ちで微かに聞こえてくる音を大切にするでしょう。智之氏が必死に無線対話器にすがりつく気持ちが痛いように伝わってくるのです。

 御近所にバイクマニア氏がいて気分に任せてマフラーを換えては排気音の違いを楽しんでいるそうです。3種類あるマフラーの内どれを使っているか、近頃智之氏は85%の確率で聞き分けるようになりました。
 それと怪我のリハビリテーションのため整形外科通いをしていますが、リハビリ科長さんが「近頃聞こえが良くなってきたようですね」と言われたのにハッとしました。

 それで直ぐに東久留米市内の聴覚障害認定医に行って聴力を測って貰ったそうです。それが両耳105dB。失聴したときは115dBのスケールアウトだったのが今や数字として表現できるところまで向上していたのです。彼の感動が見えるようです。「回復の見込みは全くない」と引導渡されていたのですから。これがつい先日の6月12日のことです。

 この理由は何か? 彼はこの2年間只管無線対話器を通じて耳を鍛えてきたこと以外に思い当たることはないと言います。私もそう思います。

 

 

直線上に配置
 
聴力改善への道 に戻る

 補聴機器勉強会 ホームに戻る