0317 耳鳴りが止まった!




 この本で私は思わずアッと声に出して飛び上がりそうになりました。
 耳に効く、その理由はモーツアルトの曲に多く含まれている8千ヘルツ以上の音にある、と書いてあったからです。
 バッハでもなくベートーベンでもない。何故モーツアルトなのか?これは誰しもが抱く疑問でトマティス博士の説に対するある種のキナ臭さをもたらすものでもありました。

 トマティス先生の御研究は実に偉大なもので、これからしばらくの間この欄で詳しく説明を加えようと思います。最も大きな結論を一つだけだけ書くとするなら「脳の働きに最も大きく貢献しているのは音である、それも8千ヘルツを越える音である」ということです。
 しかも、聴力が衰えて8千ヘルツが聞こえなくても悲しむことはない、頭蓋骨全体に響かせればよい…ともあります。

 私は自然音楽を含む色々な曲をCDつきラジカセのスピーカーから出る音を「補聴器を通して」聞いてきました。補聴器の高音部の限界は4千5百ヘルツあたりにあります。8千へルツとはほど遠い音をいくら送り込んでも意味がなかったのではないかと考えました。

 早速大型のヘッドホンを買ってきました。しかし、こいつをラジカセのイアホン端子に差し込んだところで音になってくれません。この端子は正常な聴力を持った人が附属イアホンを介して聞くためのものであって、我々難聴者には役に立たないのです。
 それで、早速ラジカセを分解してスピーカーの音がヘッドホンに回るよう手を加えました。これでゼロに近いコストで「朗々と」ヘッドホンが鳴らせるようになりました。

 8千ヘルツ以上の音を多く含む曲でよいのであれば何もモーツアルトに拘束されることはない筈で、私は永いこと大切にしまい込んでいたパガニーニのバイオリンコンチェルト第一番ニ短調のテープを取り出しました。

 私はSPレコードで育った世代です。LPレコードが現れたのは二十才代後半です。言うまでもなくモノラルです。この曲は私が始めて手にし、磨り切れるまで聞いた愛着のある盤でした。私がパガニーニの熱烈なフアンだったのではなくて、たまたま手に入れた私にとって唯一のレコードだったに過ぎません。

 この曲はその後色々なバイオリニストとオーケストラによって演奏されていますが、私にはユージン・オルマンデイ指揮、フイラデルフィア交響楽団の伴奏によるジノ・フランチェスカッテイのバイオリンでないと駄目なのです。それもコロンビアのモノラル盤でないと。若いときに繰り返し繰り返し聞いた曲の記憶が脳に染み付いてしまって他の演奏を受け付けようとしないのです。

 あれからかれこれ30年、倅が大学生の時、どこからどうして手に入れたものかこの組み合わせの曲をカセットテープに入れてきてくれました。音階が狂ってメチャメチャになっていた私の耳もこの頃にはかなり回復していましたが正常にはほど遠く、昔ように正確に聞き取れることは生きている内には無理だろうと思っていたのです。
でも、倅の気持ちが嬉しくてこのテープは長崎へ移るときにも大切に持って行きました。

cdとテープ 私が取りだしたのはそのテープです。これを聞いて私は涙が出そうになりました。何時しか音階の聞き取りが元へ戻っているではありませんか。これは自然音楽やバッハやグレゴリオ聖歌を(補聴器越しながら)繰り返し繰り返し聞いてきた効果でなくてなんでしょう。私は懐かしいフランチェスカッティの演奏を再び聞き始めました。

 そして、平成13年5月10日の日記にはこうあります。
 「素晴らしい一日だった。耳が鳴らないとはこんなに気持ちが明るくなるものか。今後に大きな期待が持てた」。

 前にも書いたような気がしますが、倅が後年自分の子供を持つようになってからの質問「メニエール氏症候群という病気を最も手短かに表現すればどうなるか?」に対して私は「難聴は不便、耳鳴りは苦痛、メマイは恐怖」と答えました。音階の狂いはその頃には治っていましたから加えるのを忘れていましたが、これこそ神経のバランスを崩すギリギリのところにあったものでした。これもまた一つの恐怖です。

 まず、音感が戻った。そして「生きている証拠に耳が鳴っており」の耳鳴りが消えないまでも嘘のように軽くなりました。手帳はその瞬間の例えようのない喜びを表しています。 

 *写真は倅の筆跡そのままに今も大切にしているテープと昔の盤から起こしたCD。


直線上に配置
 

聴力改善への道 に戻る

 補聴機器勉強会 ホームに戻る