0314 カナマイシンによる難聴が改善された、だって?




自然音楽療法の本 平成13年1月21日は私にとって忘れられない日です。長崎市内の書店で
自然音楽療法の検証…東田武・三好彩共著・村上清協力(いずれも医師)でくの坊出版」
を立ち読みして目がテンになりました。
 携帯で撮った写真なのでピントが甘いのが申し訳ありませんが大凡のところは判断して頂けるでしょう。当時56才の女性の聴力を示すオージオグムです。


オージオグラム 下の点線が○○○前の聴力で左右がほぼ平均しています。125ヘルツから1000ヘルツまでが40〜50デシベルで中等度の難聴です。2000ヘルツから急激に落ちて8000ヘルツまで100〜110デシベルとスケールアウト寸前の状態です。これが19才のとき結核治療のために受けたカナマイシンによる副作用の結果です。

 次にその上の実線のグラフを見て下さい。○○○以後の測定です。125〜1000ヘルツの低音部が10〜20デシベルと正常な聞こえに治っています。2000ヘルツから上は片方は90〜100デシベル、片方はなんと80〜90デシペルと補聴器が使える状態にまで向上しています。これには驚きました。肝が潰れました。


 話が少し遡りますが、私は倉敷から首都圏に出てしばらくの間[こだま友の会]という中途失聴者の団体に入れて貰っていました。ここで大勢のストマイ難聴の方たちと出会いました。
 我々の若い頃は結核は極くありふれた病気でした。周りが患者だらけなので簡単に感染します。肋骨を何本も切り取って穴の空いた肺をペシャンコに潰すとか荒っぽい治療法しかないのです。そんなことをしても戦後の栄養最悪の時代だったので体力が足りなくて次々と死んで行きました。当時死亡率第一の怖い病気でした。
 私は役所務めの間永いこと結核予防の仕事をさせられていたのでその怖さは骨身に滲みて知っています。ストマイことストレプトマイシンが現れて奇跡のように死ななくても良くなりました。その代わりに耳が聞こえなくなりました。

 こだま友の会では私は右60デシベル左70デシベルと軽い方で「全く聞こえないとはどういうことか」判っていない状態にありました。
 いわゆる「ストマイツンボ」と言われる副作用が起こり得ることは既に知らされていましたが命が助かるなら耳が聞こえなくなるくらい大したことではない、と皆さん考えたそうです。そりゃそうでしょう。
 しかし「耳が聞こえなくなることがこんなに辛いものと知っていたら命を落とした方がまだましだった」と口々に言うのです。皆さんまだ十分にお若い(年をとる前に皆死んでた)。中にはこれまで会ったこともないような美人もおりました。

 私が会では最も新米であるが故に、そして難聴の程度も最も軽いが故に、もっとまずいことには磁気ループなどを作って見せたことから私が失聴以前は音響技術者であったことが知られたが故に、私は彼等の繰り言を聞かされる唯一の標的にされてしまいました。
 集まりの度に「あなたの技術で我々の耳が聞こえるようにならないか」「なんとかして」といじめられる。勿論彼等にしてみればいじめるつもりは毛頭ないのです。誰かにこの悩みを受け止めて貰いたいだけだし、藁にもすがりたい気持ちに過ぎないことは良く判っているのです。
 でも、私の立場からすればこっちだって治りたい。家族を養うことで死に物狂いの毎日なので他人の悩みを受け止めるだけの心のゆとりが全然と言って良いくらい無いのです。とうとう「もう勘弁してくれぇ」と会から逃げ出してしまいました。

 あれから25年もの間、どこの難聴者団体にも入らずに逃げていました。あの頃「こだま友の会」の幹事だったお若い方がその後営々と難聴者のために尽くし続けて来られて、今では全国組織の会長を勤めておられるのを見れば我ながらダラシがない。面目ない。

 さて、「ストマイでやられた耳は絶対に元へは戻らない」と固く信じ込んでいたのに驚異的に改善された例を見せられた私がどんなにビックリしたか。○○○とは一体何であるか?これはこの次に。


直線上に配置
 

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