0313 神霊治療を受けること




 どんなに手を尽くしても駄目と言うより原因も治療法も判らないと言われると人間はどうしても霊の障りなどを考えたくなります。私もそうでした。
 倉敷の近くには神道系の黒住教とか金光教の本部があります。真言密教の行者が除霊をしてくれる道場もありました。
 私は倉敷で知り合った人に誘われて京都に本部がある観音慈恵会(今の阿含宗)に暫く通いました。ここは俗に桐山密教と呼ばれたところです。教祖が直接除霊をしてくれるのではなくて般若心経を唱えながら千座行というものを致します。何時答えが出るか判りません。誘って下さった方がお子さんの病気のことで会の対応に疑問を抱いたことから私も自然に身を引きました。

 首都圏に移ってからは矢張り誘ってくださる方がいてGLA(God LightAssociation)の高橋信次先生の講話に連れて行かれました。しばらく部屋の片隅に座って先生のお話を伺うだけでしたが間も先生が亡くなってしまわれました。ここの本部は当時から浅草の吾妻橋の近くにあって、今はそこから歩いて5分くらいの所に私が住んでいます。

 同じ人が今度は千葉県市川市の山の中にある五井昌久先生の白光真宏会に連れて行ってくれましたが、幾らも立たぬ内に五井先生もまた亡くなってしまわれてました。五井先生は生長の家から一派を立てられた方なのでキリスト教や仏教を含む幅広い著書があります。
 教祖が書かれた本は確かに勉強にはなりますが、正直に言って私は耳が治りたいために教団に行ったのでした。教祖の霊力で耳鳴りから開放され聞こえを取り戻して欲しいのです。魂を磨くのはその後のことです。身勝手極まりないことは自分でよく判っているのですが神仏に頼るとはそういうことなのですね。

 魂を磨けば病は自然に癒される。多くの宗教がそう教えますし、生長の道に至っては「病無しと信じれば病はない」としています。五井先生もこの教えを説いている内に自然に霊力を身につけられ、もしかしたら理屈を説く前にまず目の前の病人の苦しみを何とかしたいと言うことから別派を興されたのではないでしょうか。
 ですから膝詰めで相手を治し道を説いている内は良いのですが、組織が膨らんで教団という組織ができ、教祖と新入会員との距離が遠くなるに従って当初の魅力を失っていくのは致し方ないことです。これはあらゆる宗教に言えることでしょう。

 五井先生が亡くなられて、いわゆる御利益信仰の危うさに気がついた私はその後暫く筑波山の中腹にある梅田開拓園という古代神道の錬成道場に通って、純粋な神道とはどんなものかを学びました。靖国神社の騒ぎなどオリジナルの神道の姿を知らない人たちがあらぬ方で勝手に叩き合っているような気がします。

 平成元年、昭和天皇さんの後を追うように母が亡くなりました。これと符帳を合わせるように隈本確先生の浄霊についての本が現れました。それにはメニエル病とかパーキンソン病とか原因不明とされる病気の殆どは霊障による。隈本はそれを除いてあげる…とありました。
 本部に電話を入れたら大丈夫治るだろうとのことでしたが、隈本先生に対面したら「これだけ病状が古くなってしまうと耳鳴りとか難聴などの現象は最早消すことができない」とはっきり言われました。
 「それでは私のことはあきらめますが母が亡くなったばかりです。母を良いところに送って下さいますか」「それならば確かに引き受けましょう」ということで霊法を施して頂きました。母は冥土へ道筋を迷うことなく最適の場所に安らかに落ち着けたものと信じています。

 この団体を日本神霊学研究会と言います。私が長崎にセメント船の技術を指導に行ったとき大村湾の岸に立派な本部ができていました。また、長崎から佐世保に向かう途中に生長の家の本部が移転していますし、島原市の対岸熊本から少し高千穂に入ったところには有名な日の宮幣立神宮があります。あの一帯は霊的に高いものを持っている土地なのでしょう。

 霊障など果たしてあるのか、浄霊・除霊など可能なのか夢想に過ぎないのか、凡人には理解が難しいところです。神仏が信じられるか否かの問題でもありますからね。
治しては頂けなかったけれど私はあると信じたい。霊障が原因で処置が早いものなら難聴が治る可能性もあるでしょう。

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佐藤からのお詫び
「平成18年9月14日までの記事には会長先生が亡くなられたと書いていましたが長崎における筆者の聞き誤りでした。会及び先生には誠に申し訳ないことで心から詫び申し上げます」

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