0311 仮面性鬱病だったかも知れなかった私




 上京するについての唯一の糸口だった良導絡が駄目となって私は途方に暮れました。気を取り直して高名な耳鼻科医を丹念に探して診察を乞うべきだったかも知れません。
 しかし、10年の間に佐野先生から始まって岡山大学まで至るまで毎年のように治療を受けてきて、いわゆる西洋医学・正統派の医学では治らないことを知ってしまったと言いますが腹をくくった感があります。もう駄目なんだと。

 その暗い気持ちが家内に伝わり子供達に伝染し、生活の手段に苦しんだあれからの10年を思うと彼等に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 そうした家内の様子を察して下さったものでしょうか、神道系か仏教系か覚えていませんがある宗教団体の方、確か早起き会などを熱心に主導しておられた方が家内に一冊の本を託されました。吉祥寺の床鍋先生がお書きになったものでした。
 それには「メニエール氏症と呼ばれる病気は全て仮面性鬱病の表れの一つに過ぎない」と書かれていてハッとしました。

 この本によれば、鬱病は精神科医の目から見れば判定が容易ですが、鬱病としての徴候が全然表面に出て来ないものもあって、お面をかぶったよう本当の姿が見えないので仮面性と呼ぶのだそうです。心臓がおかしいとか胃が痛いとか様々な訴えによって検査をしても異状が認められない。試しに鬱病の薬を与えると症状が消える。それで始めて実態が鬱病であったことが判る。それが仮面性鬱病なのです。

 私は医師からは最初から最後まで「メニエール氏症候群」と言われ続けてきました。倉敷中央病院の耳鼻科長さんからは「症状はメニエール氏症そのものだけれど、私にはメニエール氏症とは思えない。さりとて、ならば正確にはなんという病気かと聞かれても私には答えることができない」という医師の良心の塊とでも言いたいような説明を受けています。
 それを床鍋先生は「仮面性鬱病」に違いないと言われるわけです。鬱病だったと仮定して私がメマイと耳鳴りが始まった頃の環境を思い起こしてみると思い当たることが確かにありました。公務員には全くふさわしくない自分であることを十分に自覚しながら、それを押し殺して10年も務めるということはストレスそのものですし、追い打ちをかけるような事件が幾つかありました。あれが引き金になって鬱病になったとすれば納得できる。そんな感じがしました。

 床鍋先生は元々皮膚科が専門で、丸山ワクチンを作られた丸山千里先生のお弟子さんです。丸山先生は皮膚結核とハンセン氏病の患者には癌患者がいないことに着目され、やがて癌治療のためのワクチンを作り出されました。
 ただ、皮膚科が専門であるある故に効果を試したくても患者を回して貰えません。内科医に頼んで注射をして貰うわけですが、内科医は「皮膚科に何ができる」という目で見るので協力を得るまでが大変でした。散々苦労してデータを揃えても厚生省が認可を与えないことが延々と続いたことは私から紹介するまでもなく有名な話です。

 床鍋先生はそうした丸山先生の御苦労を肌身で知っていた人です。その方が何故精神科に属する本を書いたか。これは学生時代に床鍋先生御自身が仮面性鬱病で苦しまれた経験があったからです。皮膚科より精神科に傾倒するキッカケになったようです。恩師が皮膚科から癌専門の内科に進まれたと似たような経過を辿られたわけです。

 ともかく私は吉祥寺に行って診断を乞いました。先生は「耳鳴りとか難聴とかは本当に厄介な病気で、しかも病歴が10年と大変古い。引き金になったかも知れぬ鬱病は今では大変よい薬ができているので治療は易しいが耳鳴りや難聴まで治すことは恐らく不可能だろう」と言われました。この率直な言い方に私は大変好感を持ちました。

 「それで結構ですから薬は頂戴できますか?」「よろしい」というやりとりがあって、しばらくの間三環系抗鬱剤の投与を受けることになりました。
 結果から言うと耳鳴りや難聴は改善されませんでした。鬱病であったかどうかも判りません。しかし、あったかも知れぬことに心当たりがあり、それに対する手当をしたということは私にとっては不安因子を一つ消したということになります。当時私はこれで良しと割り切りましたし、今でも無駄なことをしたとは考えていません。

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