0307 良導絡があるさ




 私は岡山で治らないからと言って闇雲に首都圏に出たわけではありません。一つだけ目標があったのです。それが良導絡でした。良導絡とは昭和25年に中谷義雄先生が開拓された電気鍼の手法です。そうした治療法があることを情報の一つとして記憶していました。
 秋田で「ヒョッとしたら西洋医学では俺の耳は治らないのではないか?」という疑念に包まれていたとき、たまたま用があって東京に出ました。帰りに近くに中谷先生の医院があることを思い出しました。で、訪ねてみました。 
 耳のあちこちに鍼を打ってチョンチョンと僅かな電圧をかけるだけのことですが、これが驚異的に効きました。パアーッと耳の蓋が開くような感じ。即効性の見本のようなものでした。治療された先生の方がビックリされて「このまま暫く東京にいて毎日通いなさい。きっと良くなるよ」と勧めて下さったのですが、そうもいかない事情にありました。
 ですから児島の鍼の大先生によって一日一日と快復していながら通い切れなかった無念さと共に「ナアニ、俺には絶対鍼が効くんだ。最後には良導絡があるさ」という確信めいたものがありました。

 ですから首都圏での住まいが決まるや否や早速にも中谷先生に駆けつけました。が「とき既に遅し」。引っ越されて新しい大きな病院になって治療も看護婦さんの一人がやってくれましたが、私の耳は最早何の反応も見せませんでした。このときの絶望感の大きさを何に例えたらよいでしょう。地面にめり込んでいくような…とでも言いますか。

 私は2年前から先端医療福祉開発研究会という会に入っています。ここでは隔月の例会で新しい医療技術の交換が行われていますが、前回は「佐藤さん、難聴にはやはり鍼が一番効くみたいだよ。耳鼻科の医者達がそう言ってるよ」と耳打ちしてくれた人がおりました。「ほう、最近の医学界でもそうですか」と驚きましたが、やはりそうなのかと思いもします。でも、鍼とは誰でもできるわけではない技術なのが問題です。
 私が最も大切にしている友人の一人に鍼灸師がおります。とは言え私は彼の治療を受けたことは一度もありません。第一彼と知り合ったとき彼はまだ鍼灸学校の生徒でした。その彼に児島の鍼の名人の話をしたら溜め息をつきました。「岡山にはそんな名人がいるんだなァ。日本に何人もいない隠れたる名人の一人なんだろうな」。
 鍼の内でも耳は最も難しい部分に当たるそうです。下手すると命に関わる。だから鍼灸学校でも耳に関する実習はしないのだ…と。何十年も経験を積んでからの話で俺なんぞ到底そんな領域までは届きそうにない。耳周りの鍼なんぞ御免だ。彼は真剣な顔でそういうのです。
 とすれば、良導絡も中谷先生だから効いたので看護婦さんじゃ駄目だったのじゃないか? こんなこと書いてはいけませんね。

 耳とは関係ないけれど鍼の凄さについて一つ書いておきたいことがあります。私はギックリ腰に二度やられました。二度目が悲惨でした。野口式整体道場に行けば助かることは判っていても電車にもタクシーにも乗ることができません。自転車にしがみついて自転車を杖代わりにして同じ町内にある整形外科に足を引きずっていくしかありませんでした。
 待合室では立つことも座ることもできない。床に膝をついてソフアで両肘を支えているしかない。治療と言っては牽引療法だけ。近代医学とは無力なものだと腹の底から思いましたね。今もってギックリ腰にはあんな治療法しかないとすれば近代医学に対する私の認識は変わりません。
 一応動けるようになるまでの2ケ月は長かった。仰向けにも横向きにも寝ることができないのです。布団を海苔巻きのようにグルグル巻きにして、その上に覆い被さるような姿勢しかとれないのです。「お父さんの唸り声が辛そうで僕らもとても寝られなかったよ」当時高校生の子供達がそう言いました。

 で「治療は終わった」と言われたとき私の左足は痺れたままでした。「先生この痺れ何とかして下さい」「イヤァ、おいおい楽になりますから」。治らないということだな…私は腹をくくりました。そのとき例の友人が教えてくれました。鍼灸学校の講師をしておられる立光伝(タツコウ・デン)先生が週に何度か銀座で治療しておられる。そこへ行きなさい。
 立光先生のお名前は大陸書房の出版物を通じてかなり古くから知っていました。両手両足の20本の指先に電極を当てて電気の流れ具合をグラフにとります。そのグラフ一枚で全身の不調箇所が判り、どう治療を加ええればよいか一発で判る。そのような技法を生み出された先生です。サイ科学の世界では知らぬ人がない有名な方です。直ぐに行きました。

 先生は「何しに来た」とも「何処が不調か」とも一言も聞きません。すぐベッドに横にされて例のグラフ作りが始まります。出来上がったグラフを眺めて折られたと思ったら数人のお弟子さんに何やら指示を与えておられる。忽ち有無を言わさず分業で全身のあちこちに鍼を打たれ灸を据えられ整体術を施されアレヨアレヨと思う間もない。
 「もういい」と言われたとき足の痺れは拭ったように消えていました。これは一体どういうことなんだろう? ボンヤリしている私に「支払いが済んだら帰れ」と言われたって何か説明らしきものが一言あっても良いのではないでしょうか。「先生、今度は何時来たら良いですか?」「エ?治ったんだよ。もう来る必要ないんだよ」「ハア、そうですか」なんとも間の抜けた返事ですが魔法にかかったような思いとはこのことです。世の中には訳の判らぬことが沢山あるものだと思いました。

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