0305 耳鳴りは本当にツライよ



 「耳鳴りは誰にだってある。気にしないようにすりゃいいんだ」と言ってのけた医者がいて、本当にあのときはブンなぐってやろうと思いました。何故殴らなかったか、今思い出しても腹を押さえた当時の自分を情けなく思えるくらいです。

  「生きている証拠に耳が鳴っており」これは且つての私の心境です。「どんな耳鳴りですか?」「エンジンの音轟々と…です」と答えると同年輩の人は皆笑いますね。戦時中に流行った「加藤隼戦闘隊」という歌(流行歌ではなくて隊内で作られ隊内で歌い継がれた戦隊歌だったのです)の歌い出しの部分なのですが、皆さんこれで一発で判って下さるようです。 

 朝起きるとグォオオーンと耳が鳴っています。「アア、今日一日またコイツとつき合うんだな」と思う。寝るときは「寝ている間だけは聞かずに済むんだな」と楽しくなる。「あの世に行けば耳鳴りなんかない筈だ。早く行きたいな」と何度思ったことか。

 こんなこと書けるのは今の私は耳鳴りが過去のものになったからです。3年と少し前に音楽によって耳鳴りをコントロールできることを覚えました。それにしても耳鳴りで苦しみ抜いた35年は永かった。

 最悪の時は耳鳴りなんて生やさしいものではないのですね。頭全体が一日中ガーンと家鳴り震動している感じです。こうなったら仕事なんかできるものではありません。二階に布団敷いて横になって頭抱えてジッと耐えているだけ。

 もっとツライのは物音の音階が完全に狂って聞こえるようになったことです。下の部屋でラジオが鳴っているのが微かに聞こえる。他にやることがないから鳴っている音楽が何者か考えようとする。聞くのではなくて考える。「なんの曲か」と。

 メロディーは全然わからない。でも、リズムに何か聞き覚えがある。タカタッタカタッタカと拍子をとっている内に「どうやらあの曲らしい」と思えてくる。思えてくると「間違いない。あの曲だ」となる。そのままジッと耐えていると不思議なことに狂って聞こえていたメロディーがそれらしく聞こえてくる。あれは一体何だったのでしょう? 不思議というしかないですね。

  曲が思い出せたのはよいのですが、ここまで来るのにヘトヘトに疲れています。そうすると外からの物音が気になってきます。「ピャアピャア、ピャオピャオ」すこぶる神経に障る音です。何の音かと神経を研ぎ澄ますと、これが我が家の子達と近所の子供達の遊び戯れている声なのです。我が子の声であることがしばらく考えないと判らない。古人は「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さえこそ揺るがるれ」と歌いましたが到底そんな心境にはなれません。唯唯神経にこたえるばかりです。

 

 こりゃもう駄目だ、と思いました。3年前に発行した郷里の高校の同期会の記念誌に当時のことをこう書いています。「俺はこのまま気が狂ってしまうんではないか、廃人になるんではないかという恐怖心と闘っていた。いや、既に半ばおかしくなっていたに違いない。省みてそう思う」。あの危機を良く乗り切ったと思います。本当に怖かった。

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