0304 恐怖のメマイ



 私には東京オリンピックの年生まれの倅がおります。彼は自分も又小学2年の子供を持つ親になって、何かの機会に幼稚園前の子供が補聴器をつけている姿を見て感じるものがあったようです。突然私の所にやってき「メニエール氏症候群という病気を最も手短かに表現してみてくれ」と問うのです。

 私は熟慮の末「難聴は不便、耳鳴りは苦痛、メマイは恐怖」と答えました。この他にも間断なく耳管(当時は欧氏管と言いました)が詰まって鼓膜がピーンと張り詰めるとか音階が完全に狂って聞こえるとか辛いことは幾つもありましたが、取り敢えず耳鳴りとメマイから始まって難聴に至る病気を「メニエール氏症候群」と呼ぶことになっているのでこう答えたのです。更に詳しく説明を求めようとしなかったところを見ると彼は理解できたようでした。メマイの恐怖について少し書いてみます。


 
病気にかかり始めのときはメマイも耳鳴りも極く軽いものでした。その後毎年のように再発しましたが何もしなくても1ケ月くらいで自然に症状が消えてしまう感じです。こんな書き方をすると毎日通う私に「治療法不明」と言いながらも何や彼やと手を尽くして下さった先生達に申し訳ないのですが、とにかく「何となく」という感じで症状が自然消滅するのです。飄然とやってきて風のように去っていく鞍馬天狗みたいな病気です。


 家庭医学全書には「何でもないとき何でもない奇病」と書いたものがあって「奇病とは何だ。人の苦しみを笑いものにしやがって」と腹を立てたものですが、よく考えてみれば「そりゃそうだな、そう書かれてもしようがないな」みたいなところがあるのです。で、毎年のように訪れる度に次第に症状が重くなって行くのです。今にして思えば。

  昭和40年という年を決して忘れません。オリンピックの翌年になりますが娘が産まれました。その前に親父が死にました。その前に私の製品の最大の取引先が倒産して受け取っていた約束手形が全部不渡りになりました。それらの後始末に死力を尽くしてヘトヘトになったときにメマイの大発作がやってきて、私はぶっ倒れたままになりました。


 こう書くと誰でも「それ見ろ。原因不明と言ったってストレスに決まっている」と言うでしょう。言うことは簡単ですが、この程度のストレスを味わうのは何も私だけではありません。もっともっと凄まじい目に会うことは世間には幾らでもあります。だから(ストレス→メニエール氏症候群)という数式が成立するほど世の中は単純ではないと思いますね。


 
理屈はさておいて、この時が「フツーのメマイ」から「恐怖のメマイ」への始まりです。メマイは予告無しに突然やってきます。お客様の相手をしているとき、食事をしているときグラッときたらもういけません。その場にひっくり返って、とにもかくにも安静第一。頭をピクリとも動かしてはいけない。凍ったようにジーッと息を詰めたままメマイ様のお引き取りを待つしか手がないのです。


 
最も怖いのは車の運転中に襲われたときです。フイッとお尻をとられる感じがします。丁度雪道を走っていて後輪が滑った感じとそっくりです。私は反射的にハンドルを切って滑りを止めようとする。しかし、実際に車は滑ってはいない。異常なのは私の感覚であってタイヤは何ともないのです。そこへハンドルを切るものだから車はグワッと頭を振りにかかります。そこでハッと気がつく。車が滑ったんじゃない、メマイだ…と。慌ててハンドルを戻します。


 それからはとにかく頭を動かさない。目玉も絶対に動かしてはいけない。頭と目玉をガッチリ固定したままハンドルを静かに切って道ばたに車を停める。サイドブレーキを引く。そして、シートをバタンと倒して絶対安静。

 
メマイが全く起こらなくなった今だからこんなこと書けるので、当時警察に聞こえ ていたら間違いなく免許証を持って行かれたでしょうね。
 
そして最悪のメマイ、今思い出しても身震いが出るほど怖かったメマイ。それは娘が高校に入っているときでした。幸いにも走ってはいない、某駅前で駐車中にそれは起こりました。突然!本当に突然。巨人に頭と顎を押さえられて力任せにギャッと首を逆さまにされたような強烈なメマイが来ました。一瞬にしてそれは去りましたが凄まじいショックで私は暫く腰が抜けたようになっていました。心臓が激しくガタガタ言っているのを感じました。今でも思います。あれも矢張りメマイと言うのだろうか…と。


 
あれから25年、あんな怖い思いは二度とはしませんが車はずーっと運転してきました。メマイを感じなくなってから10年?イヤ15年?それほど縁は遠くなりましたが仮にも今の都内の混雑の中を走っているときにあんなことが起こったら絶望です。


 三年前までは車がないと生活ができませんでした。今はもう必要ないし、これからも無いものと割り切れば車は無くても済むものでしょう。それで今月末73才の誕生日にも免許証は更新しないことに決めました。運転歴50年、散々迷った挙げ句の結論です。


直線上に配置
 

聴力改善へ道 に戻る

 補聴機器勉強会 ホームに戻る