0303  メニエール氏症候群に捕まる


 


 10年と心に決めていた公務員生活も一年繰り上げて辞められそうでした。その段取りを始めた途端に気味の悪い耳鳴りとメマイを感じました。命の恩人佐藤先生は既に亡くなっておられて、役所から至近距離にある耳鼻科医院に行きました。そのとき佐野先生が言われたことを今でもしっかり覚えています。

 「君ね、これはメニエール氏症候群と言って今の医学では原因も治療法も不明とされている病気だよ。私にも自信はない。でもね、私の所にはこうしたら良くなったというデータが沢山ある。それを順繰りに君に試してみよう。うまく行ったら当たるだろう。当たらなかったら将来症状がもっと酷くなってベッドから転げ落ちることもあるということを覚悟しておいた方がいいよ」
   

  後年私はこの表現が恐ろしいくらい正確なものであると知ることになります。その意味で佐野先生は間違いなく名医でした。今でもそう思います。でも、言われた当座はメマイも耳鳴りも軽かったし「先生、脅かすのは止してくださいよ」くらいの気持ちでいたのは確かです。毎日通って耳に空気を通したり色んなことをやって頂いている内に一月くらいで何となく症状は消えました。

  役人を辞めて東京で一年学校に入って郷里に戻って一年くらいは症状は出なかったような気がします。記憶が確かでありません。二度目が来たとき佐野先生は既に亡き人になっていました。脳溢血だたそうです。それで県立病院に行きました。ここの耳鼻科長さんは私とは肌の合うタイプではなかったのですが忘れられない思い出があります。

  それはある日突然耳鳴りもメマイもピタリと止まってしまったのです。で、病院に行って「先生治りましたよ」と告げると「エッ!」そして「冗談言ってるんだろう」と言わんばかりにマジマジと私の顔を見るのです。本気であることを確かめて改めてカルテを見直して「昨日何を処方したんだっけ?フーン、こんなもので治るのかなァ」なんて独り言いってるのです。


 結局何もせず椅子から降りたのですが、フト思いついたことをまだカルテを睨んでいる先生の後ろ姿に向かって話しかけてみました。「先生、耳鳴りとか聞こえ具合とかはお医者さんには実感としてはお判りにならないでしょう。心電図とるみたいに頭のあちこちに電極を当てて、先生はヘッドホンかぶると患者の耳の具合が客観的に聞こえるような機械ができないもんでしょうかね」


  先生は雷に打たれたようにこっちを振り向きました。「ナニ!そんな機械ができてるのか!どこにある!」「どこにもありゃしませんよ。できたらいいですね、と言ってるだけです」「君の職業は一体なんだ!エレクトロニクスエンジニアだと?たのむよ、そんな機械作ってくれよ。俺達毎日偉そうなこと言ってるけど本当は何も知りやしないんだ。耳の聞こえ具合すらいちいち患者に聞かなきゃ判らないんだからね。頼むよ!本当に作ってくれよ」そして降りかけた治療椅子に私を押し込んでグイグイ押しつけてくるのです。


 この科長さんは患者の前でドイツ語でインターンをしごく癖があって可哀相で見てられないところがありました。正直言って嫌いでした。でも、あの瞬間から私はこの人物を大好きになりました。このことがあって間もなくこの先生も脳溢血であっけなく他界して仕舞われました。私は今でもこの事件を思い出すのです。口には出してみたものの自分で作れるとは思っていません。作ろうとしたこともありません。でも、先生は何時かはヤツが作ってくれるかも知れないとの期待を持たれつつあの世に行かれたとすれば私の言い出しっぺの責任は重大です。


 オーデイオメーターというのがあります。ヘッドホンかぶってピーとかブーとかいう音を聞かさて、聞こえたらボタンを押す。なんという原始的な機械でしょう。視力検査機などは黙って座ればピタリと当たります「あなたに合う眼鏡はこれ」と。聴力検査だってあんな調子でなくちゃいけないのです。目玉よりも圧倒的に耳は難しい器官なのだということの証明みたいなものですが、それにつけても広い世界でどなたか研究してくださってはいないものでしょうかね。


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